へそくりのため方

収入には限界がある

日本に、世界に、どれだけの「お金」があるのかを考えると途方もない金額になります。ひとつの国の予算は、何人もの人が一生生きていくだけのお金を抱えています。ひとつの会社の年商は、とても一個人で稼ぎだすことができないものです。

私たちは働きます。そうしなければ生きていくことができないからです。社会は私たちが働くことを前提に作られています。働くことが前提であり、働くことで得るお金から「納税」する義務を負っているのです。そうすることで公務員の給与が支払われ、私たちの生活に必要な機関が賄われていたり、道路が整備されていたりするわけです。

たくさん稼げばたくさん納税する必要があります。この国では収入のある人ほど国に対して納税というカタチで貢献できるようになっています。「納税者番付」というものがワイドショーなどで取り上げられることがあります。それは「どれだけ稼いでいるのか」という指標でもあります。納税額は「稼ぎの印」というわけです。

私たちは誰もが「たくさん稼ぎたい」と考えるものです。収入が増えれば出来ることがたくさんあるわけです。収入が増えればいくらでもやりたいこと、欲しいものを得ることが出来るというわけです。海外旅行にだって行けるでしょう。ブランド物のアイテムを数多く揃えることだってできるでしょう。すべては「稼ぎ」に左右されるのです。

ですが、ひとりの人が稼ぐことができるお金というものは限られているものです。稼ぎは限られていて、それが一様ではないものです。能力に比例するものでもありません。それは私たちにとって「運」であったり「環境」であったり、さまざまな要因が折り重なって今の「収入」が形作られているものなのです。

私たちはどうしても多くのお金を稼ぎたいと考えます。ですが、このご時世ではそれが難しいということもあります。どうしても限界はあります。必ずあります。そのようなことを考えると、「稼ぐこと」よりも「節約すること」の方が有意義である場合もあるでしょう。会社でいうところの「予算削減」です。いつも使っていたお金を使わなくなることで、同等額の売上をあげることと等しくなるのです。同じ価値を持つのです。

稼げるだけ稼いで、節約できるだけ節約する。それが理想のカタチです。その一環として「へそくり」というカタチで蓄財することができます。すべては意志のチカラであり、「工夫」によって生み出されることなのです。お金なんて必要がないと考える人もいるでしょう。ですが、それは「嘘」です。自分を偽っているだけです。本当は誰だって稼ぎたいもので、本当は誰だって裕福に暮らしたいものなのです。

そのようなことを考えると、収入を増やしてなんでも好きなものを買うのか、それとも絞れるところは絞って本当に欲しいものを買うのか、どちらにも価値があることですが、「今」できることはなんなのかということを考える必要があるのではないでしょうか。

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