家計の枠から浮かせたお金
へそくりの基本的な考え方としては、家計の枠から浮かせたお金ということになります。それぞれの家庭のなかで管理されている家計は、家庭によって支出項目に差があるものです。
人の収入というものはさまざまです。どのような人であっても「働く」ということは当然の営みですが、働くことで得られる資本は人によって、境遇によって差が出るものなのです。収入の差はそのまま能力の差というわけではなく、「雇われる」ということが常識となっている現代では「どのような組織、どのような会社に属するのか」ということも収入を左右する大問題になります。
どのような人であっても得られる収入には限りがあります。資本主義なのですから、得られる資本には限りがあって当然です。人によっては30万でもありがたいという場合もあれば、人によっては100万でも足りないという場合もあるでしょう。その収入に対する考え方としては、それぞれがおかれている状況も大いに関係してくるものであり、30万で十分暮らしている人もいれば、100万でも赤字になってしまっている人もいます。
どのような収支体勢がいわゆる「家計」にとって健全なのかということも、各家庭、それぞれが抱えた事情によって異なるものなのです。ですから、そこから捻出する「へそくり」の価値も、それぞれの事情によってことなるでしょう。仕事でもプライベートでも同じですが、何を行うにも「予算」がなければ意味を成さないものです。どのような生活を送るのであれ、どのようなスタイルで生きていくにしても、そこには絶対に「費用」がかかるのです。そしてその費用は私たちにとっては必要な出費ということです。必要経費です。それらは日々の働きが積み重ねられた「月々の収入」で賄われているものなのです。
月々の支払いをざっくりと分類してみると、住居に充てるお金、つまり「家賃」、もしくは「住宅ローン」、さらには光熱費、通信費、そして食費が絶対に発生する経費です。この段階で収入よりも上回ってしまっているのであれば、その財務は破綻しているといってもいいでしょう。そのような暮らしはまず不可能です。
実際にはそこに加えて保険料やその他の雑費が発生します。その他の雑費の中にはもしかすると持病の治療費なども含まれているかもしれません。もしそのような支出がある場合、それは生きていくためには絶対に必要になるお金です。外すことはできません。
こうして整理してみると、「へそくり」を捻出するためにはまずは整った財務状態であることが大前提です。家計の上で「赤字」なのであれば、それはへそくりを作る余裕などはないはずです支払うものを支払った上で必要な貯蓄ができ、その上で自分のフリーケンシーとしてのへそくりがあるようにするためには、まずは健全な財政状況が必要です。
へそくりができるということは、ある意味では裕福だということです。赤字家計の人はそれ以前に考えるべきことがあるはずなのです。